ロダン展でリチャードさんが描いたスケッチ。影と輪郭を線で表現している。
モデルは1892年にロダンが制作した「オルフェ」

朝日新聞 平成11年1月26日 (火曜日)
「美術館の模写なぜダメ?」

意義あるが管理の壁厚く

  
									
「尊敬するロダンの作品をスケッチに来ましたが、許可してもらえません。どうしてスケッチがいけないんですか?。昨年12月、高松市美術館(同市紺屋町)であった「ロダン展」を見に来た大阪府吹田市在住のイギリス人彫刻家リチャード・フィールドさん〈48)から、一枚のファクスが朝日新間高松支局に寄せられた。海外の美術館では高校生でもスケッチができるという。不思議に思って、取材を始めた。
・判断は美術館任せ
ロダン展は、フランス国立ロダン美術館などが所蔵する近代彫刻の祖、オーギュスト・ロダンの彫刻67点などを展示。全国七力所の公立美術館を巡回する。主催者に名前を連ねる読売新聞は今月16日、同社発付の英字紙にリチャードさんからの抗議の投書を紹介した。
ことの次第はこうだ。リチャードさんが事前に、スケッチしたい旨を高松市芙術館に伝えたところ、ロダン美術館の代理店の許可があれば、との返答を得た。代理店が「美術館のポリシーに任せる」としたため、数日前にスケッチに行くことをファクスで伝えた。ところが、美術館から電話があり、「だめです」と言われたという。
リチャードさんは納得できず、同展最終日の昨年12月13日、無断でスケッチを強行。 縦20センチ横15センチの紙に、鉛筆でデッサン。約15分で仕上げた。館内のソファに座って2作目にかかったが、監視員に「スケッチをやめて下さい」と制止された。リチャードさんはロダンのアイデアを深く理解したかっただけなのに…」と話す。
・観覧の迷惑になる
一方、高松市美術館は同展のチケットに「写真、模写はお断りします」と明記していた。リチャードさん以外にもデッサンの申し込みがあったが、断った。 村上俊正副館長はその理由を、ある場所を占有し、大勢の客が来ると観覧の迷惑になる▽鉛箪で作品に傷をつけられるという管理上の間題−などと説明。さらに、「多数の中学生がスケッチに来たら、場所を提供する余裕がない。いったん認めると、断れなくなる」と強調した。
欧米では、芸術を学ぶ市民のため、模写を認める美術館が多い。イーゼルで画板を立て、油絵を描く日曜画家の姿も見られる。ロダン美術館も、鉛筆と紙に限る▽作品から一定の距離を保つ−などの条件付きでデッサンを認めている。

・日本の門戸は狭い
日本ではどうか。地方の公立美術館に聞いてみたが、デッサンに門戸を広げているところは少ない。分かった範囲で、ロダン件品を所蔵する北海道立函館美術館が応じていた。静岡県立美術館のロダン館は月2回のデッサン会を開き、毎回10人の定員を上回るという。
東京の国立西洋美術館では所蔵品のデッサンを一般に認めている。フラッシュ、三脚を使わない写真撮影も同様だ。模写には、飛まつの恐れのある絵の具は使わない▽イーゼルを使わない、との条件があるが、事前の申し込みはいらない。芸大の学生が多いことも影響しているようだ。
同美術館の寺島洋子学芸員(教育・普及担当)は「常識の範囲で席を外すマナーで、場所の占有は解決できる。各地で模写を申し出る人が少ないとすれば、模写の意義をきちんと教えてこなかった日本の美術教育に間題がある」と指摘する。
県内の公立美術館には、高松市美術館のほかに、県文化会館(同市)、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館、坂出市民美術館、塩江町立美術館などがあるが、いまのところ所蔵品のデッサンを一般に認めているところはない。
ニューヨークの美術館で研究員を務めた経験を持つ美術館運営・管理学研究者の岩渕潤子さんは「デッサンは、作者がどういう目の位置で構図を決めたのかを知るうえで、美術を学ぶ方法の一つ。文字をメモするのと変わらないし、日本の学生も海外に行くとやっている」と説明。「観客にとって、その作品をだれが所有しているかは間題ではない。公共施設である美術館がそれを拒むということは、教育、啓もうという本来の使命を否定したのと同じ。今回のケースは何のために美術館があるのかを考えるいいチャンスでは」と話している。